金利上昇時代の資金繰り「有限会社栄醤油醸造 様」 5カ年計画の作成で大型設備投資と長期融資が実現
静岡県掛川市で200年以上にわたり木桶(きおけ)仕込み天然醸造の醬油(しょうゆ)づくりを続ける栄醤油醸造。8代目の深谷允(まこと)社長は、5カ年経営計画の作成で将来キャッシュフローを「見える化」させたことによって、金融機関からの長期融資を引き出した。伝統を守りつつ攻めの経営に挑む同社の資金調達の軌跡を追った。 目次 閉じる開く 自作の事業計画で補助金申請 値上げ実施で利益率向上 4月に新工場棟が完成 静岡県掛川市横須賀。城下町として栄えたこの地で、栄醤油醸造は1795(寛政7)年の創業以来、木桶による天然醸造の醬油づくりを続けてきた。現在の当主は8代目の深谷允社長。蔵には100年以上使い続けている木桶が並び、桶や蔵にすみついた微生物の力を生かしながら、1年半以上かけてじっくりと発酵・熟成させるのが最大の特徴だ。 原料は国産大豆・小麦・塩のみ。酵素や保存料を添加せず、四季の温度変化に身を委ね、微生物の力だけで作る同社の醬油は、複雑なうま味と豊かな香りで高い評価を得ている。高価格帯の商品が並ぶにもかかわらず、飲食店や小売店への直接販売、本社店舗での一般消費者への販売など、静岡県西部を中心に根強いファンは多い。 深谷社長は、業界全体の基盤づくりにも力を注いでいる。その一つが、全国の木桶仕込み醬油メーカーが連携して取り組む「木桶職人復活プロジェクト」だ。 木桶仕込みの醬油づくりは、微生物の住処となる木桶があってこそ成り立つ。しかし、その木桶を製作・修繕できる職人は全国で数えるほどにまで減少し、一時は「木桶そのものが手に入らなくなる」(深谷社長)危機にも直面していた。 こうした状況を受け、全国の蔵元やメーカーが協力し、木桶づくりの技術継承と職人育成を目的として立ち上げたのが同プロジェクトである。深谷社長もその趣旨に賛同し、プロジェクトに積極的に関与。木桶職人の育成を進めるとともに、栄醤油醸造を含めた全国の蔵元が実際に新しい木桶を共同で発注・導入しながら、技術の蓄積と需要の確保を両立させている。 1.自作の事業計画で補助金申請 老舗の醬油醸造会社として堅実な商いを続け、業界全体の足元を支える活動にも積極的に関わってきた同社だが、深谷社長は大きな課題を感じていた。製造設備の老朽化である。 「当社は長く無借金経営でしたが、裏を返せば設備投資をしてこなかったということです。今ここで醬油が作れているのも、先祖が設備投資をしてくれたおかげ。自らの代で事業を終えるのであれば現状維持も選択肢になり得ますが、50年先、100年先も当社の醬油をお客さまに届け続けるには、どこかで必ず設備投資をしなければなりません。入社してすぐに、この判断を先送りしてはいけないと思うようになりました」 大学卒業後に就職した名古屋銀行を3年で退職、同社に2014年に入社した深谷社長。当時は資金調達を決める立場にはなかった。そこで毎年のように補助金を申請、ホームページのリニューアルや小規模な改修工事など少しずつ行い、将来に向けた布石を打ってきた。そして16年、決定的な体験をする。 「補助金を活用し、最終工程で熟成させたもろみを搾る『圧搾機』を1,000万円以上かけて新調しました。老朽化により生産工程のボトルネックになっていたのと、安全面でのリスクが高まっていたからです。この投資の効果は想定をはるかに上回るもので、従来は5日かけていた工程が、わずか1日で済むようになりました」(深谷社長) 設備投資の威力を痛感した深谷社長は、さらなる大規模投資の構想に入った。既存工場のリニューアルと新工場棟の建設である。計画では工場見学も可能な新工場棟に新規の木桶を運び込むとともに、現役の既存木桶は現状設備を移設。スペースが空いた既存工場では各工程の動線を一から見直す抜本的な改修工事を行う計画だ。生産能力はおよそ1.5倍に拡大し増産分は輸出に回すことを見込んだ。海外企業との取引を想定し、将来的には食品の安全性を確保するための国際認証規格の取得も視野に入れた。 2.値上げ実施で利益率向上 設備投資に踏み切る前にまず着手したのが、価格の見直しだった。22年、社会全体が本格的な値上げ局面に入る前のタイミングで、同社は主力商品を平均20%以上値上げした。 「値上げは正直怖かったですが、この値上げは単に私たちが儲けるためではなく、今後も安定的に醬油を提供し続けていくのに必要な投資だと覚悟を持って行いました」(深谷社長) つまり「この先も生き残っていい会社なのか」(深谷社長)という判断を顧客に委ねたのである。結果として値上げは受け入れられ、売上高は伸長。かつて5,000万円台だった売上高は1億円を超えるようになった。 利益率が大幅に向上した同社だったが、大きな壁にぶち当たった。補助金の申請などにあたり、それまでは深谷社長自らエクセルで作成した簡易的な事業計画書を提出していたが、そのやり方では通用しないことが分かったのである。 「売上高の何倍もの資金が必要な大規模な投資ともなると、金融機関からの借り入れが不可欠。補助金の申請に必要な事業計画書とはまったく次元が異なります。現金を確保しつつしっかり返済を行える精度の高い計画をどのように作ればよいか分かりませんでした。そこではじめて顧問税理士の進史雄先生に相談をしたのです」 設備投資額、借入金額、金利水準、返済期間などの条件が複雑に絡み合う中で、適切な事業計画を作るにはどうすればよいか。進税理士は、TKCの『継続MASシステム(※)』を用いて5カ年の経営計画を策定することにした。設備投資の段階ごとに、それぞれ売上高の伸び率、金利水準など諸条件を複数パターン組み合わせシミュレーション。想定される輸出金額をもとにした消費税還付金の影響も織り込み、資金繰りにどの程度余裕が生まれるのかを客観的に検証した。進税理士はいう。 「売り上げが期待通り伸びた場合はどのくらいで返済できるか、思ったほど伸びなかった場合に5年後どれくらい現金が残るかなど、数多くのパターンを検証しました。その結果、最悪のケースでも十分返済が可能な見通しを立てることができました」 この緻密な経営計画の作成が、同社の歴史の大きな転換につながった。設備投資に消極的だった父である深谷益弘会長が、新工場の建設計画を受け入れたのだ。2人はその判断の大きな支えとなったのが、進税理士のサポートだと口にする。 「進先生の良い点は、月次巡回監査や継続MASシステムなどを通じて経営判断のアドバイスや将来予測をしてくれるところです。私は石橋をたたいても結局渡らない、経営者としてはとても『固い』タイプ。数字でしっかりと将来の数字を確認できなければこの投資は決断できなかったと思います」(深谷会長) 「進先生と毎月必ず顔を合わせて、数字をベースにして現状の確認と今後の方向性をディスカッションできることに、非常にメリットがあると感じています。進先生との毎月のやり取りは、自分にとって頭の中身を整理する良い壁打ちの機会になっています」(深谷社長) ※ 継続MASシステム…経営者のビジョンに基づいた「中期経営計画」と、次年度の業績管理のための「単年度予算」、「短期経営計画」の策定を支援するシステム 3.4月に新工場棟が完成 精度の高い5カ年の経営計画書の効果はてきめんだった。地元の浜松いわた信用金庫が、深谷社長が要望した期間30年の長期融資を実行する方針を固めたのである。ほかにも島田掛川信用金庫、日本政策金融公庫を含む複数の金融機関と協調融資の枠組みが整備された。 同社では前述の3機関を対象にTKCモニタリング情報サービス(MIS)の活用も開始した。深谷社長は、金融機関との情報のやり取りについて、かつての経験を踏まえてこう語る。 「かつて銀行にいた時に私は、中小企業から決算書を紙でもらって、それを銀行独自のフォーマットに打ち直していましたが、正直とても無駄だと感じていました。このサービスを利用することによって金融機関の労力が大きく減り、必要な支援がより迅速に決定されることを期待しています」 25年にかけて商品パッケージやブランドロゴなど、コーポレートアイデンティティー(CI)を刷新。26年4月には、一連の投資計画の第1弾である新工場棟が完成した。顧問税理士や金融機関の強力なバックアップを得つつ着実に計画を進める同社の今後に期待したい。 (取材協力・しん会計事務所/本誌・植松啓介) 会社概要 名称 有限会社栄醤油醸造 創業 1795年 所在地 静岡県掛川市横須賀38 売上高 約1億円 従業員数 5名 会計システム FX2クラウド URL https://sakaeshoyu.co.jp 顧問税理士 しん会計事務所 所長 進史雄 静岡県袋井市堀越1-10-6 URL: https://shinkaikei.tkcnf.com 掲載:『戦略経営者』2026年5月号 記事提供 戦略経営者  『戦略経営者』は、中堅・中小企業の経営者の皆さまの戦略思考と経営マインドを鼓舞し、応援する経営情報誌です。 「TKC全国会」に加盟する税理士・公認会計士の関与先企業の経営者を読者対象に、1986年9月に創刊されました。 発行部数13万超(2025年9月現在)。TKC会計人が現場で行う経営助言のノウハウをベースに、独自の切り口と徹底した取材で、真に有用な情報だけを厳選して提供しています。
2026.05.20
人材マネジメント「株式会社山田製作所 様」 作業スキルの数値化を徹底し働き手の“不公平感”を排除する
2026.05.20
中小企業の株主総会で押さえておきたい注意点は?
2026.05.18
中小企業が注意すべき生成AI活用法
2026.05.18
信用保証制度とは? しくみ・使い方・信用保証協会の支援を整理
2026.05.18
被災者が活用できる相続税・贈与税の税制措置
2026.05.18
活動性分析でわかる「会社の資金の回り方」
2026.05.18
人材確保に貢献するHP戦略のカギは更新とSNS
2026.05.18
地球環境保全に貢献する「信大クリスタル®」の普及にまい進
2026.05.11

