石油不足は何をもたらすか ホルムズ海峡はしばらく緊張状態が続く 原油の備蓄はあるものの油断は禁物
混迷の一途をたどる中東情勢の影響で、世界各国で原油の確保が喫緊の課題となっている。国内における原油や石油製品の供給は、今後どのように推移していくのか。日本総合研究所で環境・エネルギー政策の調査を担当する栂野裕貴氏が、日本の原油調達を巡る現状と今後の行方を解説する。(取材日・4月28日) (写真)栂野裕貴氏 目次 閉じる開く 化学製品の供給不足は続く 価格を巡る2つのシナリオ 価格転嫁と省エネを推進せよ 日本総合研究所調査部研究員 栂野裕貴氏 とがの・ゆうき●2019年3月東京大学法学部卒業、21年3月東京大学公共政策大学院修了。同年4月株式会社日本総合研究所に入社。研究・専門分野は内外マクロ経済、環境・エネルギー政策。注力テーマは原油市場、エネルギー政策、欧州経済など。 中東情勢の現状について考える際には、「政治的な側面」と「経済的な側面」の二つに分けて整理すると理解しやすいでしょう。政治的な側面とは軍事・外交に関する動きを、経済的な側面は原油の供給をめぐる動きを指します。 まず政治的な側面を見てみると、現時点では米国・イスラエルとイランの間で生じていた大規模な戦闘は沈静化し、一時的な停戦状態に入っています。しかし、両国間の和平交渉は進展しておらず、散発的な爆撃等が発生しているなど、楽観できる状況ではありません。 1.化学製品の供給不足は続く 原油の供給をめぐる問題も先行きが不透明です。中東産原油の主要な輸送ルートであるホルムズ海峡は、現在も通航が制限されています。さらに、戦闘の影響により、中東の産油国では生産設備や輸送関連施設の多くが損壊しました。仮に停戦が維持されたとしても、設備を修復し生産や輸送を従来の水準に戻すには相当の時間を要する見通しです。 こうした情勢の変化は、日本経済にいかなる影響を及ぼしているのでしょうか。この点については、原油の「価格」と「数量」という二つの観点から整理すると、理解しやすくなります。 まず価格面についてですが、ホルムズ海峡の封鎖以降、原油価格は高い水準で推移しており、その影響で日本が輸入する原油や石油製品の価格も上昇しています。こうした状況を受け、政府は緊急的な激変緩和措置として、ガソリンなどの石油製品の価格高騰を抑えるための支援策を講じています。その結果、原油価格の上昇が家計に与える影響は、現時点では一定程度に抑えられています。 一方で、数量面では日本は200日以上の石油備蓄を保有しており、少なくとも2026年内に原油そのものが不足する可能性は低いと見ています。ただし、油断は禁物です。手放しで安心できる状況ではありません。 石油製品、とりわけ原油を精製して作られるナフサ(粗製ガソリン)について、不足感が出ていることは周知のとおりです。ナフサについては、政府は年内の需要量をカバーできる程度の在庫を確保したと表明しています。しかし、化学製品をめぐる供給の目詰まりが即座に解消される可能性は低いでしょう。 2.価格を巡る2つのシナリオ ここからは、原油価格と供給の行方について説明していきます。まず原油価格ですが、現時点では大きく分けて2つのシナリオを想定しています。 1つ目は、6月までに戦闘が収束し、ホルムズ海峡の通航が段階的に回復するシナリオです。この場合、原油価格は1バレル90~105ドル程度で推移した後、供給が徐々に回復することで、年末にかけて75~80ドル程度まで緩やかに下落すると見ています。 一方で戦闘が長期化する、あるいはホルムズ海峡の通航制約が続くシナリオも十分に考えられます。この場合、原油価格は1バレル100ドル超で高止まりし、需給がさらに逼迫すれば150ドル近くまで上昇する可能性も否定できません。 原油価格の高騰が続けば、政府による補助金政策も長期化することが見込まれます。現下の情勢のもとで、仮に年末にかけて、レギュラーガソリン価格を1リットルあたり170円前後に抑え続けるためには、約1兆5,000億円の財政資金が必要になるとされています。大規模な財政出動が長引けば、為替市場で円安が進行し、エネルギー以外の輸入物価も上昇します。その結果、他の製品の価格も上昇するなど、別の形で国民や企業の負担が増える可能性が高くなります。 続いて、原油の供給に関する見通しを説明します。すでに述べたとおり、26年内に原油そのものが不足する可能性は低いと見ています。しかし、足元で顕在化しているナフサの供給不足については、当面の間、解消しない可能性が高いです。 仮に中東情勢が正常化し、ホルムズ海峡の通航が再開されたとしても、原油が中東から日本に届くまでには約20日を要します。その後、精製・加工の工程を経ることを考えると、原油供給が回復してもナフサ不足がすぐに解消されるわけではありません。結果として、ナフサを原料とする化学製品の供給目詰まりは、年内を通じて残る可能性が高いと考えられます。 3.価格転嫁と省エネを推進せよ 現下の状況において、中小企業はどのような対応を取るべきなのでしょうか。これについては大きく分けて2つの手段が考えられます。 1つ目は「価格転嫁」です。エネルギー価格の高騰という明確な理由がある今、価格転嫁に対して顧客の理解を得られやすい局面にあります。取引先に対しては、自社の現状を丁寧に説明したうえで、価格転嫁を進める姿勢が重要になるでしょう。中小企業はこのタイミングを逃さず、価格転嫁を進めて自社の収益構造を改善していくことが求められます。 もう一つが「省エネルギー」への取り組みです。在宅勤務の実施やオンライン会議の活用は、オフィスの電力消費や移動に伴う燃料の使用を抑える効果があります。足元では航空運賃が上昇していることから、遠方の取引先との打ち合わせをオンラインで実施するだけでも、省エネに加えて交通費の削減にもつながります。 今回の危機を受け、IEA(国際エネルギー機関)は政府・企業・家庭が実践できる対策を提示しています。その中には「できるだけ公共交通機関を利用する」「貨物輸送において、車両のメンテナンスや積載量の最適化を行い、効率的な運転を心がける」といった具体的な取り組みが含まれています。自社で対応可能なものについては、積極的に取り入れていくことが望ましいでしょう。 さらに、設備更新の際には、燃費性能や省エネ性能を重視することも重要です。短期的にはコスト負担が生じますが、その効果は一時的な危機対応にとどまらず、中長期的な経営改善や競争力の強化につながります。 現下の原油危機は当面の間続くと見ています。ただし、この危機の行方にかかわらず、価格転嫁や省エネなどの取り組みは不可欠です。今回の危機を契機に、将来を見据えた行動を取れるかが、今後の企業経営を左右すると考えています。 (インタビュー・構成/本誌・中井修平) 掲載:『戦略経営者』2026年6月号 【関連記事】石油不足は何をもたらすか 【原油供給】 日本総合研究所 調査部研究員 栂野裕貴氏ホルムズ海峡はしばらく緊張状態が続く 原油の備蓄はあるものの油断は禁物 【石油化学製品】丸紅経済研究所 上席主任研究員 桒名奈美氏企業の「予防的行動」が石化製品需給に大きく影響 記事提供 戦略経営者  『戦略経営者』は、中堅・中小企業の経営者の皆さまの戦略思考と経営マインドを鼓舞し、応援する経営情報誌です。 「TKC全国会」に加盟する税理士・公認会計士の関与先企業の経営者を読者対象に、1986年9月に創刊されました。 発行部数13万超(2025年9月現在)。TKC会計人が現場で行う経営助言のノウハウをベースに、独自の切り口と徹底した取材で、真に有用な情報だけを厳選して提供しています。
2026.06.01